11月22日に22歳になった息子へ、
「お誕生日のプレゼントは何が良い?
」と尋ねたら、
「ブログを書いて欲しい!
ブログが更新されないとお母さんが元気かどうか分からなくて心配だから。
」
わたしと息子は離れて暮らしているから、
彼女と一緒にブログを見ては、わたしの安否を確認してくれていたそうです。
わたしは何も感じていなかったけれど、
いつの間にか息子に安否を気遣ってもらえる歳になっていたなんて。
そう言えば、おばあちゃんと呼ばれてもおかしくない年齢だったんだ。。。
母を見送って約3ヶ月、
何がと言うわけではないけど何とも表現出来ない不思議な感情に囚われたまま。
これが俗に言う喪失感というものなのか・・・?
本日は自宅で末期癌の親を看取ったO子さん(54歳独身)が来店。
質問は、「今のわたしの気持ちを占ってください。。。」「・・・
」
手の施しようのない末期肺癌だということでホスピスを手配したのに、
親御さんは泣いて嫌がり「家へ帰りたい。家で死にたい。」
家族のために働きづめ、苦労ばかりだった父親の願いを叶えてあげたくて、
「いつ大出血を起こすかわからないから自宅介護は無理!」
そう心配する担当医を説得して母親と二人で自宅へ連れ帰りました。
O子さんは独身だけど会社勤めがあるし、母親は80近い高齢だし、
覚悟は決めたものの現実は想像以上に厳しくて、
いつでもホスピスに行けるように空家賃ならぬ空個室代を払い続けていたそうですが、
最期の最期まで、まるでうちの母のように断固拒否だったとか。。。
午前4時頃になるとO子さんのお父さんは寝汗をかくので、
起きて様子を見に行くのが日課だったそうですが、
あまりに疲れていて、目覚ましはなってるけど起きあがれなくて、
次に目が覚めたのは午前6時・・・ベッドの中のお父さんはすでにこと切れていました。
「口を大きく開けて、両手で布団を握りしめて死んでいました。
何か言いたそうな父の死に顔を思い出すたびにたまらない気持ちになるんです。
4時になったら調子が悪くなることを知っていながら、
苦しそうなうめき声を耳にしていながら・・・何故、あの日に限って起きてやらなかったんだろう。」
それからしばし、占いそっちのけで話し込んでしまいました。
O子さんは自宅介護をしながら孤独の中で死なせてしまったやり切れなさ。
わたしは家に帰りたいと訴える母の願いを叶えてあげられなかったやり切れなさ。
だけど、O子さんもわたしも精一杯やったのは事実・・・
「仕方ないよ。お互い人間だもの。生活があるもの。
自分の子どもにだけはこんな思いをさせないようにすれば良いのでは?
わたしは末期癌と診断されたらさっさとホスピスへ行くことに決めてます!」
わたしがそう言ったら、なんとも羨ましそうな顔してO子さんがぽつり。
「せんせいは子どもさんがいるんだ。良いな・・・子どもがいる人生って。。。
」
なんとO子さん、ますます暗い表情になってしまいました。。。
確かに息子がいてくれるから人生が何倍も充実して感じられるのは事実。
子育ては大変だったけど、睡眠不足との戦いだったけど、
子育てはお金のかかることばかりだったけど、毎日がお金との戦いだったけど、
息子がいてくれたから働くことに意欲バリバリ、仕事が嫌だなんて思ったことはないし。
本音を言えば、経済力さえあれば・・・息子の弟か妹を産んであげたかった。。。
最愛の息子&息子の最愛の彼女へ、
二人で一生懸命貯金しているんだってね。
社会人になって1年たって貯金が貯まったら結婚するんだってね。
二人で山あり谷ありの人生を仲良く歩いて行ってください。
可愛い子どもと明るい笑顔の絶えない幸せな家庭を築いてください。
これから日本は大変な時代に突入していくと思うけど、
大人になったら、人生の間に3度大不況を経験するのは当たり前。
お母さんはバブル崩壊、阪神大震災、アメリカ発世界大不況をただ今経験中です。
どんな時代がやって来ても夢とやる気と根性があれば乗り越えられます。
あんたは子どもの頃から不思議な◇◇◇マジックの持ち主だから心配していないけど、
もし、辛くてたまらない状況に追い込まれるようなことがあったら、
いつでも遠慮せずにお母さんに相談してください。
そろそろ労りたくなるような年齢のお母さんかもしれないけれど、
少なくとも後15年はゴジラ母としてバリバリやってるだろうから、
安心して自分のこと、自分の人生に専念して強い大人になってください。

遅くなったけど、お誕生日おめでとう!

by わくわくオンマ
家族になるんだね